外の騒がしさとは別に静かな一室。
大天使長室と書かれた部屋の中で、
椅子に座って書類をまとめる一人の男。
長髪の金髪。着慣れた黒のスーツ。
背中には眩いばかりの無色の羽根が生えている。
普通、彼らの羽根に色はない。
そしてスーツの胸の所にはバッジが付けられていて、
エノク文字でアーキエンジェルと記されている。
つまりは大天使。
男は人差し指から火を具現すると、
煙草の様な物に火を付けた。
「ふぅ・・・今日は後300って所か」
書類の山に目をやりながらコーヒーを飲む。
と、その部屋のドアをバタンと開けて男が入ってきた。
「みっき〜っ・・・うわ!」
急にやってきた童顔の男に目をやると、
座っていた男は額に手を当てる。
その男が思いきり転んでいたからだ。
みっき〜というのは彼の愛称で、
普通はミカエルと呼ばれている。
「何の様だ、ラファ」
ラファと呼ばれた男。
彼は同じく大天使、ラファエルだ。
爽やかな甘い笑顔を覗かせながら、
サラサラの髪を痛そうに押さえている。
子供っぽい笑顔と声に行動。
ラファエルは四大天使とは思えない男ではある。
どうにも人の上に立つ性格には見えないからだ。
「痛たぁ・・・それがさ、僕が監査してた凪君なんだけど、
最近あまりに悪魔に狙われてる気がするんだよね〜」
「それがどうした。近くにいるイヴにとっては好都合だろ?」
興味なさそうに書類に目をやるミカエル。
それを見て申し訳なさそうにラファエルは言う。
「・・・僕が加勢しないと危ない時もあるからさぁ」
「捨て置け。そういったはずだろう」
その返答にラファエルは仕方なく部屋のソファーに腰掛ける。
ミカエルとしてはあまり長居してほしくないのだが。
「僕が助けてあげられたら彼女だって楽だと思うよ」
「ラファ。お前ってホントお人好しだな」
「あは、はは・・・」
苦笑いしながらもその語感から、
ミカエルの良い返事を期待するラファエル。
だが彼はちらっとラファエルを見ると言った。
「駄目だ。さっさと仕事に戻れ」
「はぁ・・・了解。所で、がーちゃんとうりっちは?」
「ガブリエルは現象世界から、まだ帰ってきてねえ。
ウリエルはラツィエルと樹を見に行っている」
「・・・樹ってセフィロトの樹?」
ミカエルはため息を一つつくと、
ラファエルの向かいのソファーに座る。
一旦仕事を諦めた様だ。
ラファエルが居る内は仕事にならないと踏んだのだろう。
「この間、お前がまだ現象世界にいた頃だ。
樹を守衛していた者から何かを見つけたとかでな、
丁度空いていたウリエルとラツィエルが向かったのだ」
「へぇ〜。でもセフィロトの樹に異変か。
もしかして誰かがあの樹を折ろうとしてたりして」
そんな事を笑顔で言うラファエルに、
ミカエルはあきれた様に灰皿に煙草の火を落とす。
するとその火は煌めいて空気に溶け込んでしまった。
それを見た後でミカエルはラファエルに言う。
「・・・あまり馬鹿な事を言うな。
あの樹が折れたら悪魔にこの場所がバレるだろうが」
「まあそれに簡単に折れる樹でもないか。
上位天使クラスでもなきゃ傷つける事さえ出来ないし」
ミカエルはそれを聞いて少し頭に来た。
確かに上位天使の力は強大ではある。
だが彼的には自分より強い者は居ないと考えているのだ。
一応、表面上は取り繕った返答を立てる。
「ふん。俺以上に面倒くさがりの奴らが、
わざわざアルカデイア辺境まで赴くと思うか?」
「それもそっか。
う〜し、じゃあまた現象世界に行ってくるよ」
そういうとラファエルはソファーから立ち上がった。
「そうか。いつも精神体のままじゃ不便だろう。
人間の身体でも借りたらどうだ?」
「あ〜・・・良い案だね。凪君の身体でも借りようかなぁ」
にこやかにそんな事を言うラファエル。
だがそれは凪を影から監査する事が任務の彼としては、
まずあり得ない選択のはずであった。
冗談に過ぎないのだがミカエルとしては怒り心頭だ。
「・・・ラファ、はっ倒して良いか?」
「はは、はは〜冗談に決まってるじゃないか。
みっき〜ってば、そんなに眉間にしわ寄せなくても・・・」
「お前の荒唐無稽さに呆れているんだ」
呆れながらも怒っているミカエルを見ても、
ラファエルはにこにこ笑って言う。
「またまた〜。そんな四文字熟語なんて使っちゃって」
「るせぇ・・・とっとと仕事してこいっ!」
結局、ミカエルに放り出される様にして部屋を出るラファエル。
そんな姿を見送りながらミカエルはまた椅子に座った。
「イヴを助けるだと・・・?
ラファ、お前もよくよくお人好しだな」