2009年
03月19日(木) AM11:14 晴れ
学校野外・公園跡
その日。
俺は深織に呼び出されて公園跡に来ている。
深織は男子高校生として卒業式を迎えていた。
しばらくすると晴れ着を着た女の子が歩いてくる。
「ごめん、待った?」
「・・・深織?」
髪の毛が長くなっていたので気付かなかった。
恐らくはウィッグだろうが、凄く似合っている。
「そうよ。もうここに来る事もないし、
今日なら父兄って事にしておけるじゃない」
「まあそうだけど・・・女の子の格好するなんて大胆だね」
「凪を悩殺しようと思って」
「・・・はは」
微妙に笑えない。
実際に太腿の辺りをちらちら見せてくるからだ。
「そういえば去年、なんかあったでしょ」
深織はブランコに座ると俺に唐突に聞いてくる。
俺は隠さずに話す事にした。
「紅音にフラれた」
「・・・え? マジで?」
「マジ」
すると深織は嬉々とした顔で俺を見つめる。
「って事は・・・」
「そういう気分じゃない」
「なんだ・・・残念」
あれから俺と紅音はラインを引いて暮らし続けてきた。
紅音は前の様に無防備じゃなくなったし、
どこか俺に遠慮する様にもなった。
俺の方も自然と必要以外で話さなくなってしまった。
今まで通りにはいかない。
それが結局の所の現実だった。
2年にあがる事になって俺達はクラスが変わり、
同居人も紅音じゃなくなった。
まるで世界がモノクロになった様にさえ感じる。
いつのまにか紅音の依存症、俺にも移ってたみたいだ。
「せっかく私の卒業なんだから、
キスの一つでもしてみない?」
「・・・いいよ、別に」
深織の言葉に俺はそう応えていた。
「えっ・・・?」
「でも、心は込められない。それでも良いなら」
「・・・・・・」
黙り込んでしまう深織。
だけど少ししてそっと肯いた。
多分、これはお互いが新しく歩き出す為のキス。
俺は紅音の事を忘れる。
・・・忘れるんだ。
そうやって俺は深織にゆっくりとキスをした。
軽いキスのつもりだったのに、
深織は手を回して俺を離さない。
でも俺が黙ってそれに甘んじているとすぐに唇は離れた。
「これがさよならのキスの味か・・・結構苦いね」
「・・・うん。さよなら・・・深織」
そうやって俺達は別れる。
少しだけ深織の表情は翳っていた気がした。
俺も多分、苦く笑ってる様な表情をしてると思う。
てんで気持ちの伝え方が下手くそだな、俺って・・・。
もっと優しく別れる方法があったかも知れないのに。
わざわざ深織にキスなんてしなくても良かったのに。
けど・・・それが俺なりのケジメだと、そう思った。
程なくして俺は新しい部屋へと向かう。
そういえば、あれからイヴと会っていない。
葉月に聞いてみても不思議そうな顔をするだけだった。
イヴはアルカデイアに帰っていったのかもしれない。
ふとそう感じていた。
カシスにもあれから会っていない。
もしかすると俺と紅音しか戻ってないんじゃないか。
そんな風に思った事もあった。
でも幾ら考えても結局俺に出来る事は一つもない。
プールにあったポスターからは、
もうインフィニティには行けなかった。
それにアルカデイアに行く事も出来ない。
ただ、俺達が暮らしている世界に異常がない所を見ると、
リヴィーアサンが消えた事で全面戦争は免れたみたいだった。
だが時折俺は思う。
そんな出来事達が全て幻だったんじゃないか、と。
勿論そう考える事はあっても本当に幻だとは思わなかった。
自分に与えられた力は未だ残っている。
それに失った人も沢山いた。
けれど・・・イヴが居ない。
それだけで全ての非現実は消えてしまいそうな気がした。
そう、多分俺にとってイヴはそんな非現実の象徴だったんだ。
03月19日(木) AM11:28 晴れ
寮内自室
新しい部屋にやってくるが、前と対して代わり映えしない。
違いと言えば学園寮の二階が自室になった事だけだ。
昨日の内に荷物を紅音と居た部屋から運び出して、
今日はそれを配置していく作業。
同居人にはまだ会っていない。
俺は淡々と荷物を配置していった。
するとそこへ荷物を持って入ってくる女性が居る。
セミロングくらいの髪の長さだろうか、
少し先がハネてて尖った感じだ。
顔はなんかのんびりした顔つきに見える。
瞳はぱっちりしている割に俺を睨んでいる様だ。
服装や装飾は至って今時の女の子に見える。
「君がルームメイト?」
俺がそう聞くとその子はにっこりと微笑んだ。
なんか妙な雰囲気持ってる子だな・・・。
「お久しぶりなの」
「・・・は?」
その喋り方。
それになんか人じゃない気配。
どこかで見た事がある俺を小馬鹿にした微笑み。
もしかして・・・この子は。
「は? じゃないの。私の事忘れたの?」
「カ・・・カシス?」
「そうなの。この子の心に隙があったから、
ちょっと身体を拝借してみたの」
妙な展開になってきたぞ・・・。
だが俺が唖然としていると、
当然と言った顔で俺に荷物を押しつけてくる。
「適当に荷解きしといてなの」
「・・・お前がやれよ」
「下僕にやらせるに決まってるの」
こいつ、あのしおらしい態度は何処へ消えた?
それどころか毒舌がパワーアップして帰ってきてる。
とはいえ勢いに圧されて俺は荷解きをやってしまった。
「ふかふかなの〜」
カシスの奴は平然と俺が敷いたベッドの敷き布団で、
満面の笑みを浮かべながらばたばたと転がっている。
多分、俺って相当の馬鹿だ・・・。
03月19日(木) PM20:28 晴れ
寮内自室
俺は一日をカシスの現象世界ツアーで費やしてしまう。
なにしろ今日取り憑きたてだと言うカシスに、
現象世界の事を片っ端から教えなきゃいけなかった。
んで、色々なシステムや学園の事を教えていたのだ。
後、むやみやたらと力を使わない様にも注意しておいた。
カシスに俺はイヴの行方を聞いてみたが、
残念ながらカシスもイヴの事は知らないらしい。
解ったのはインフィニティが移動したという事だ。
元々アルカデイアやインフィニティの入り口というのは、
常に場所が変わるから見つけにくいらしい。
まあ、帰る方法は凄く簡単らしいが。
そんなこんなでカシスはちゃっかり学園に潜り込んでいた。
それで今はなぜかTVに夢中になっている。
「凪っ、『明岩屋まんまさん』って面白い人なのっ」
「・・・ああ。そりゃあね」
おまけにバラエティー番組に嵌っていた。
輝きに満ちた顔でブラウン管を見つめている。
「黒いサングラスの人も面白いの」
「それはいいけど、風呂入った?」
「入ったの」
「じゃ、寝ろよ」
「・・・・・・」
反応無しでTVを見直すカシス。
一体どういうつもりなんだろう。
俺は眠気が襲い始めてきたので先に寝ようとした。
「凪、寝ちゃ駄目なの」
「なんでだよ・・・」
「私がつまらないの」
「・・・あんた王様?」
何が悲しくて俺は睡眠時間を返上して、
カシスを楽しませなきゃいけないんだよ。
だがすぐにカシスはTVと明かりを消した。
とりあえず俺は明日の事を考えながら目を閉じる。
すると俺の隣にカシスが寝転がってきた。
「なっ、なんのつもりよっ!?」
もはや咄嗟の時は男言葉か女言葉がランダムで出てくる。
なんとなく、言いようもなく虚しかった。
でもそんな俺の態度を馬鹿にする気配はない。
「寝れないの」
「え?」
カシスは俺の胸に顔を埋めて言った。
「目を閉じるとあの光景が出てきて、寝れないの」
「カシス・・・」
「凪・・・私を滅茶苦茶にして」
「は?」
いきなり飛び出したカシスの言葉に俺は戸惑ってしまう。
幾らなんでも俺がそんな事出来るはずがなかった。
「なにも考えられないくらいに・・・くたくたにさせて欲しいの」
「でっ、出来るはず無いだろ」
だがカシスは俺の手を自分の胸に導く。
彼女の鼓動は少しばかり急いでいた。
表情はよく見えないけど緊張してるのだろうか。
「その代わり、私が紅音の事を忘れさせてあげるの」
「え・・・ど、どうしてその事・・・!?」
「精神体の時に、凪の事をたまに見てたの」
まだ迷っている俺にカシスはそっと唇を重ねた。
その時に気付く。
彼女は・・・涙を流していた。
忘れられない光景の事。
失ってしまった人の事。
許せない天使の事。
様々な感情の揺らめきの中で未だカシスは苦しんでいる。
俺は言ってしまえばクリアやクランベリーとは他人だ。
でもその俺だってあの光景を思い出すたび、
胸の奥がちりちりと痛む。
だからカシスの気持ちは充分すぎる程に解っていた。
ただ目の前で無理して微笑んでみせる少女。
そのやるせない表情がとても儚く俺の目に映った。
カシスのやり場のない怒りや悲しみはどうすればいい・・・?
そう思った時、自然にその言葉は俺の口から出た。
「解った。俺が全部忘れさせてやる」
「凪・・・」
「その代わり俺は好きでもない奴とそういう事したくない。
だから・・・お前が立ち直るまで俺達は恋人同士だ。
それでも良いなら、俺はお前を抱く」
馬鹿げた行為ではあると思う。
お互いに欠けた部分を補う様な事だ。
いや補うわけでもない、ただ傷口を舐め合うだけ。
けれどカシスにはそれが必要だった。
それに俺はカシスの事をクリアや
リヴィーアサンから頼まれている。
頼まれてるから?
・・・そんなのは口実なのかも知れないな。
本当の所、俺だって紅音の事を吹っ切るきっかけを探してた。
「うん・・・でも昼は主従関係なの」
恥ずかしいのかそんな軽口を叩くカシス。
俺は反論する代わりにキスした。
「ん〜〜っ」
悔しそうな顔をしてるが照れてる様でもある。
結局は暗くて表情はよく解らなかった。
すぐに俺達は服と下着を取り払うともう一度キスする。
まるで、失った何かを取り戻そうとする様に。
カシスは積極的に舌をまさぐりあう。
俺はそのまま露わになっている彼女の女陰へ手を伸ばした。
それはお互いについた傷を舐めあう行為。
嵐の様に俺達を掻き回していくだけだ。
「もっと、激しくしてほしいの・・・んっ」
座った状態でカシスを抱きかかえると、
そのまま俺は彼女の膣内へと挿入する。
愛液が少ないせいなのか少しきつく感じた。
俺が動き始めるとそれに合わせてカシスも動く。
「っくぅ・・・おく、もっと奥までっ・・・」
強く叩きつける様に俺はカシスを突いた。
はねる様に彼女はそれを受け入れる。
カシスは髪を振り乱しながら俺に抱きついて感じていた。
「はんっ、んっ・・・頭がぽ〜っとしてきた、のっ・・・」
「俺も頭に靄がかかってる気が・・・する」
限界が近づいてるのかカシスは
びくっと震えながら激しく腰を動かす。
こんなに衝動のままにするのは恐らくお互いに初めてだった。
だからか俺もそれに応える様に際限なく強く突き上げる。
「あく・・・きゃうんっ! いくっ・・・いくのっ」
一際強く俺の身体を抱きしめると、
そのままカシスは倒れ込んできた。
殆どその後すぐに俺もカシスの中に精を放つ。
それでも彼女は残った精液を搾り取るかの様に、
腰を動かして残らず全てを吸い出していった。
俺は思わずベッドに倒れ込んでしまう。
すると横に寝転がってくるカシス。
「はぁっ、はぁっ・・・なかなか激しかったの」
「・・・寝れそうか?」
「まだまだなの」
カシスはそんな事を言うと手で萎れた俺のモノを扱く。
覚束ない手つきでそうやって扱きながらも、
どこかカシスの表情は悲しげだった。
だが俺としては体力的に不安がある。
それでも容赦なくカシスは言った。
「凪、もっと激しくしていいの」
「俺の体力が先に切れるかも」
「・・・やっぱり下僕なの」
そう言うとクスッとカシスは笑う。
そんなカシスを見て俺は思った。
この子はこうやって小憎たらしい事を言ってる方が良い。
寂しそうな表情をしてるよりはずっと良い。
ただ、こんな事の後に何かが変わるとは思えなかった。
もしかすると俺達は傷口を広げてるのかもしれない。
でもこうするより他に方法はなかった。
俺達はそのままそうやって何度か身体を重ねる。
苦い記憶を忘れる為に新しい道を歩き出した凪。
彼の受難はひとまず終わった。
そして全ての真実を知るべき時まで、
今はその傷ついた羽根を休める。
狂いし夢を抱えたまま・・・今は遠く、眼差しを向けて。