吸血鬼の島で起きた出来事から一夜明けた日の午後。
和やかな昼のひと時を凪は自室で過ごしていた。
のんびり出来る冬休みも今年で最後になる。
来年は卒業間近のハズであり、
何かと現二年生である凪達は忙しくなるからだ。
今のうちに平穏な日常に身を浸そうと凪は考える。
とりあえず何をするわけでもなく部屋でくつろいでみた。
気付けばリラックスしている姿はおしとやかに見える。
(あれ? 俺って、いつもこんなだったっけ?)
寝転がってみる。体育座りをしてみる。
なんだか仕草は妙に女性らしいものだった。
何をしていても彼の姿は女性にしかみえない。
思いがけず自分の女らしさを発見して落ち込んでしまう。
(こんな些細な仕草にまで女の部分が浸透してるのか・・・)
「なぎ〜」
猫撫で声を出して凪を呼ぶカシス。
このパターンで凪は良い事のあった試しがない。
恐る恐る背後を見てみると、
予想通りにんまりと笑うカシスが立っていた。
可愛らしい笑顔も凪にとっては恐ろしい。
今日の彼女の格好は白のタートルネック、
薄い紺のスカートに黒一色のニーソックスというものだ。
特に外出の予定も無いが凪の前なのでスカート。
色気の出しにくいジーンズを履く事はあまり無かった。
小悪魔という言葉を当てはめると、
怖いくらい彼女にはピタリと当てはまる。
そこに見えない努力がある事まで凪は気付かなかった。
とにかく凪は目の前のカシスに視線を向ける。
彼女は笑顔のままでぽつりと言った。
「約束、なの」
「え? あ・・・」
そういえば、という具合で凪は口を開く。
凪は約束と聞いて思い出してしまった。
吸血鬼の城で自分を三回好きにしていい、
などという約束をしたという事を。
さーっと身体中の血液が冷たくなっていく。
「私の記憶だと凪は約束を守る人なの」
「う、あ、えと、あの、その・・・」
誤魔化そうとする凪だが上手い言葉が見つからなかった。
何を言ってもカシスの方が一枚上手に思えてしまう。
そんな凪の態度は気にせず、カシスはベッドに腰掛けた。
「それじゃ今日はまず女の子になりきって、
一人エッチしてもらうの」
「え、ええ? 一人で・・・するの?」
こくこくとカシスは頷く。
簡単に言ってくれるよ、と凪は思った。
「私がちゃんと手伝ってあげるし見ててあげるの。
とりあえずパンツを太腿まで下ろすの」
彼女の瞳は本気の目をしている。
この調子じゃまずいと思いながら、
凪は目を閉じて下着を太腿まで下ろした。
それからベッドの近くに座ってみる。
するとカシスは立ち上がって凪の後ろにやってきた。
「スカートを片手で持ち上げるの」
「うぅ・・・は、恥ずかしいんだけど」
「それが目的なの」
はっきりとそう言われてはどうしようもない。
ゆっくりと凪は自分のスカートをたくし上げた。
まだ男の部分に大きな変化はない。
「元気になるように私の裸とかを想像してみるの」
触れるか触れないかのレベルで、
カシスは凪の背中に胸を押し当ててきた。
尖端の乳頭がもどかしく凪の背中を動き回る。
その所為なのか少しずつ男根は立ち上がろうとしていた。
「今、凪は何を想像してるの?」
「それは・・・その、言われた通りに」
「ふ〜ん。私の裸を想像しながらココを固くしてるの?」
撫でるようにカシスは男根の裏側をさする。
凪は声を堪えようとして空いた右手を握り締めた。
「駄目なの、右手にはちゃんと握るものがあるの」
半強制で凪は自分のモノを握らせられる。
さすがにカシスの目の前でペニスを扱こうとはしなかった。
だが凪の自慰を手伝うという言葉の通りに、
ゆっくりとカシスは右手を凪の右腕に乗せる。
凪の右手を彼女が代わりに動かすつもりなのだ。
「や・・・やだよぉ、こんな・・・恥ずかしいのは」
「約束なの」
「う、うぅ〜・・・」
あくまで凪に男根を握らせ、扱かせる。
動かないその右手をカシスが代わりに動かした。
彼女はペニスに軽く唾液を垂らす。
唾液の所為でそこから粘り気のある音が響いた。
「あっ、はあぁっ・・・変な音してるっ・・・」
「凪はアソコをぐちゅぐちゅされるのが好きです、って言うの」
「え? なっ、何言って・・・んんっ」
「言えなきゃ約束を守ったことにならないの」
「そ、そんなぁ・・・!」
切なげに凪は表情を歪める。
彼がそんな顔をすればするほど、
被虐心がカシスの中に湧きあがってきた。
くすくす笑いながら彼女は凪を右手を動かし続ける。
すでに凪はその手を止める事が出来なかった。
「わ・・・私は、そのぉ・・・」
「違う。自分の事を凪って言わなきゃ駄目なの」
右手の動きを強めてカシスは凪の耳元でそう言う。
いつしか彼の男根には唾液だけではなく、
カウパー腺液も付着していた。
思考が溶けていくような感覚を凪は感じる。
抗う事も出来ず彼は言われた通りの事を口にした。
「ふうぅっ・・・な、凪はぁ、
アソコをぐちゅぐちゅされるのが・・・大好き、ですっ・・・」
「凪っていやらしい女の子なの。
いつも私の事を性の対象として見てるんだよね?
私とエッチするのを想像して一人エッチしてるんだよね?」
「はぅっ、くはあぁっ・・・ん・・・うん、うんっ・・・!」
こくこくと頷きながら凪はカシスの方を見る。
その瞳が何を求めているかに気付いたカシスは、
目を閉じながら顔を上げてキスをした。
軽い口付けを交えながら舌を絡めて互いの唇を求め合う。
顔を離すとカシスは凪の変化に少し驚いた。
今までよりもさらに艶やかな表情と潤んだ瞳。
彼女が凪の手を通して握っている男根も、
張り裂けそうなほど隆々と脈打っている。
「カ、カシス・・・挿入れても、良い?」
「だ・・・駄目、なの」
いつになく淫らな貌で凪はそう懇願した。
もじもじしながらカシスの方を見るその姿。
それは男女問わず虜にしてしまうような可愛らしさだった。
思わずカシスは凪と一つになりたいと思ってしまう。
なんとかそれを我慢しようとカシスは生唾を飲み込んだ。
残念そうな顔をする凪に彼女は言う。
「もう手を離してもいいの」
「えっ? で、でも・・・」
「代わりにこっちでしてあげるの」
凪の手を退けるとカシスは凪を床に寝かせた。
それから彼女は凪の上に馬乗りになって、
怒張を股の間に挟みこむ。
挿入したわけではなかった。
それなのに凪は殺人的な太腿の柔らかさに身震いする。
身体が射精を訴えて危うく凪はそれを堪えた。
「太腿に凪のが当たってるの」
「う、ああぁ・・・か、カシス、動かないでぇっ・・・」
(そんな事を言われたら・・・虐めるのが基本なの)
カシスは焦らすようにゆっくりと身体を上下させる。
太腿とニーソックスの感触が揃って凪を責め立てた。
もはや表情に気を配る余裕も無く、
恍惚とした顔つきで凪は喘ぎ続ける。
彼のあられもない姿は実に官能的だ。
見ているカシスの方が耐えられず感じてしまうほどに。
すでに彼女の下着は薄くシミを作っていた。
表面では凪を蔑むように笑みを浮かべている。
しかし服で隠れた乳頭はツンと張っていて、
陰唇の方もヒクヒクと男根の挿入を心待ちにしていた。
「あ、あ、ああっ・・・も、もぉ・・・いっ・・・くぅ」
「エッチで淫乱な凪を太腿でイカせて下さいって言うの。
勿論、言わなかったらここで止めちゃうの」
また言葉で凪を責めようとするカシス。
彼女は当然、凪が簡単にそれを言うとは思っていなかった。
ところがカシスの考えはあっさりと外れる。
「え、エッチで・・・淫乱なぁ、凪を・・・太腿で、
カシスの太腿でイカせて下さいっ! お願いぃ・・・」
涎を口元に零すほど凪は快感で我を忘れていた。
その為に彼のタガは外れきってしまっている。
完璧に女性として、雌として快感に支配されていた。
軽い驚きを感じるもののカシスは興奮を隠し切れない。
冷静なフリをしながら腰の動きを早めた。
「じゃ、じゃあイカせてあげるのっ」
「うんっ・・・ひゃああぁぁっ! ああうっ!」
昇り詰めているのだろう。
凪はぎゅっとカシスの手を握り締めた。
痛いほどに強く腕を捕まれて彼女は顔をしかめる。
それでも当然と言うべきか、行為が止まる事は無かった。
騎上位の体勢でカシスは必死に腰を振りつづける。
汗だくになりながら、まるで一つになろうともがくように。
「い、っくぅ・・・カシス、イクよぉっ!」
「来ていいよっ! たくさん出すの!」
「うああぁっ! 出るっ・・・んんッ――――!」
びくんと凪の身体が大きく震えた。
スカートにかかるとまずいと思ったカシスは、
思わず両手でスカートを持ち上げる。
するとタイミングよく精液が彼女の顔へと吹き出した。
勢いよくカシスの服や顔、手などにそれは飛び散る。
「わあぅっ?」
困惑してカシスは呆然と固まってしまった。
両手や服にかかった白濁液を見て、
あんぐりと彼女は口を開ける。
「な、なんだか凄くやな感じなの」
「ご・・・ごめん」
謝られても困る。カシスはそう思った。
とりあえず彼女は顔に付着した精液を掬い取ってみる。
ベタベタして生暖かいそれを、
好奇心から口に含んでみた。
「んんっ? に、苦いのっ! 前と味が違うのっ」
「そ、そうなの?」
ぼけっとした凪の発言に少しカシスは頭に来る。
彼女は不意をついて凪の唇に指を突っ込んだ。
「うむっ! んん〜〜〜〜ッ!」
凪は切ないくらいの苦悶を顔に浮かべ、
真後ろに倒れて悶絶する。
それをカシスはしてやったりという表情で見ていた。
「自分の出したものなんだから、味をちゃんと確かめるの」
「はぁ・・・ちょっと飲んじゃったよぉ」
近くのティッシュを手にとって凪は口を拭く。
その後でカシスの顔や服にかかった精液をふき取った。
簡単にはふき取れないのである程度で諦めると、
彼女の服は洗濯籠へ直行する事になる。
行為を終えてから凪の頭は酷く後悔に満ちていた。
幾ら快感を与えられたからとはいえ、
彼の振る舞いは明らかに女性のものになっている。
振り返ればその事は気持ち悪くて仕方なかった。
隣のカシスは彼が苦悩する様を見て不思議そうな顔をする。
「凪、どうしたの?」
「え? ああ、うん・・・なんか、俺って最近やばいなあって」
「確かに女の子らしくなってるけど・・・気にする事は無いの」
落ち込む凪にカシスは優しくそう言った。
珍しく彼女から凪に励ましの言葉がかけられる。
それで少しだけだが凪は元気が出たような気がした。
「その内、本物の女の子になっちゃえば問題ないの」
「は? はい?」
「ただそうするともうエッチ出来ないけど、
代わりに色々な手で虐めてあげるから安心するの」
「いや・・・あの、そんな変な心配しなくていいから。
ていうか俺はオトコとして生きるから心配するなよ」
「ちっ。残念なの」
舌打ちしてカシスはベッドに寝転がる。
凪は彼女が悪魔だという事を改めて思い出した。
寝転がった体勢のままで彼女は凪に言う。
「そういえば、凪って初めての女はリヴィ様なの?」
「う・・・そ、そういう言い方はやめてくれよ。
まあ間違ってはいないんだけど、せめて紅音って」
「紅音は凪を受け入れてないからリヴィ様でOKなの」
ズバズバとカシスが言いたい放題言うので、
凪は当時を思い出して落ち込んでしまった。
だが別に彼女の目的はそこに無い。
カシスが聞きたいのは別の事だった。
「するとファーストキスもリヴィ様なの?」
それを聞いた瞬間に凪の表情が固まってしまう。
床に膝をついて倒れそうになる凪。
「ふぁ、ふぁーすと、きす」
ガクガクと凪は震え始めていた。
まるで恐ろしい何かを思い出してしまったかのように。
意味が解らずにカシスは困惑する。
普段あまり聞いた事が無い凪の過去が、
急にカシスは気になってきてしまった。
「誰? リヴィ様じゃないの? ねえ、誰としたの?」
「ぼそぼそ・・・」
小さな声で凪が話すのでカシスには聞こえない。
「聞こえないのっ。大きな声で言うの」
「と、鴇斗」
「鴇斗? 誰?」
「中学生の頃、俺の親友だった奴」
「え? も、もしかして・・・オトコ?」
そう言われて凪は思わず赤面しそうになってしまった。
「そっ、そうだよっ! わ、悪いか?」
変に強がるその姿がおかしくてカシスは吹き出してしまう。
別段そこまでおかしいと言うほどのものではなかった。
小学生や中学生ならば偶然やノリで、
同性でキスをしたとしてもそれほどおかしくはない。
ただ、それを変に恥ずかしがる凪が面白かったのだ。
笑われた所為で余計に凪は恥ずかしくなってきてしまう。
「くっ・・・それは不可抗力だったんだよ!
あれはいきなりあいつが・・・」
笑いを堪えきれないカシスに凪はその時の話を始める。
現在から遡る事、何年だろうか。
凪が中学一年だった年の二学期の始めだ。
その日、彼はいつも通り学校へと登校していた。
今とは違い男子用の制服に身を包んでいる。
言葉遣いも当然ではあるが男らしいものだった。
それでも人とは無常なもの。
一年生の教室がある三階へ向かう凪に女性が歩み寄る。
肩まである黒髪を靡かせ、彼女はにこやかに笑った。
「おはよ」
「・・・おはようございます」
「今日も綺麗ねえ」
そう言うと彼女は凪の腕に絡みつく。
オトコとして見られていない事を知っている身としては、
嬉しいような嬉しくないような複雑な気分だった。
きわめて冷静に凪は彼女に言う。
「ぐっ・・・俺は先輩の玩具じゃありませんよ」
「あら。そんなつもりじゃないのになあ〜」
彼女は凪の頬を指でつんつん、と押していた。
肌の張りなどを確かめているのだろう。
「はぁ〜、お姫様みたい。だからあだ名も姫なのね」
「うぐっ! それは友達が勝手に・・・」
中学生での彼のあだ名は姫だった。
妙に似合うそれを凪は酷く嫌っている。
男なのに髪が長いのも、
女顔なのもあまり好きではなかった。
だからそれを象徴するようなあだ名が嫌いなのだ。
嫌う事でそのあだ名に慣れてしまわないようにする。
そんな理由もあった。
「予鈴に間に合わなくなるんで、失礼します」
「あ、私もだわ。それじゃね」
マイペースな先輩に会釈すると凪は歩き出す。
早速、凪の顔は疲れの色が見え始めていた。
ここから起こる出来事を想像しての事だろう。
覚悟を決めると凪は自分の教室へと入っていった。
「おっす、姫」
「うるせー」
手前の席にいる友人との挨拶。
あえて凪は乱暴な口を利く。
「今日もご機嫌斜めだなあ、オイ」
「姫って呼ぶからだ」
いつも通りの会話をしながら凪は席についた。
周りのクラスメイトが話し掛けてくるのを、
時折怒りながらいつも通りに対応する。
とはいえ、その内笑顔が零れ、打ち解けていた。
それもまたいつも通り。
予鈴が鳴り響き教師がやってくるまで、
凪はそうやって友人達を会話を楽しんでいた。
「そういやさ、今日は転校生が来るんだっけ」
ふと男友達の一人がそんな話題を出す。
失念していた事なので凪はそれに食いついた。
「へぇ。男か? それとも女?」
「さあ・・・ま、期待すると外れるのがマーフィーだ。
あんまり期待しないようにしておこうぜ」
「ばっ、別に期待なんかしねえよっ」
恋愛の話題が出たので思わず凪はそんなことを言う。
中学一年生の彼にとって恋愛はまだ恥ずかしい話題だった。
会話に夢中になっていると、
教室の扉が開いて教師が入ってくる。
凪は仄かに女の転校生を期待しながら教師の事を見ていた。
すると後ろから一人の男が入ってくる。
背が高く、短髪で男性的な顔つきをした男だ。
目は少しつりあがっていて鋭く見える。
クールで落ち着いた雰囲気を持っていて、
初見で凪は彼に取っ付きにくさを感じた。
近寄りがたいオーラとでも言うべきか。
「それではこの間言ったとおり、転校生を紹介する」
彼は教師の言葉で教壇の前へと歩いていった。
何を言い出すのかと、彼の一挙一動に誰もが視線を向ける。
まずは名前を名乗るのかと思いきや彼は言った。
「・・・ども〜。いや、このクラス可愛い子が多いねえっ!」
そう言うと彼は笑顔で、凪の方へずかずかと歩いてくる。
先程までのクールさは何処かへと吹き飛んでいた。
(な、なんだこいつ)
いきなり態度の変わった彼に凪は戸惑う。
恐らく凪だけではなく、クラス中の人間が戸惑っていた。
だがそんな事はお構いなしに彼は笑っている。
気付けば彼は凪の席で歩みを止めていた。
「キミ、すんげー可愛いな。気に入ったぜ」
「何言って・・・んっ!?」
突然の出来事に、凪の中で時間が停滞する。
何が起こったのか理解できずに固まるしかなかった。
彼は何の脈絡も無く凪に口付けたのだ。
クラス全体がその行為を見て唖然としている。
素早くキスした男は唇を離すと、
右手で凪の顎に触れようとした。
その時にようやく彼はおかしな点に気付く。
「ん? キミ、どうして男子用の制服なんて着てんだ?
それに席の並びも男の側だし・・・」
彼の言葉で、はっと我に返った凪は拳を握り締めた。
「この・・・何しやがるっ!」
思い切りのいい右ストレートが転校生に決まる。
転校生は二重の衝撃を受けて床に叩き伏せられた。
「まあ何の因果か、その転校生が今じゃ親友なんだけどな」
懐かしさに笑みを零す凪。
だがそんな彼を見ているカシスは腹を抱えて笑っていた。
「ふぁ、ファーストキスが男なんてっ・・・さいこーなのっ!」
床を叩いたり腹を押さえたりと、
カシスは凪に最高の賛辞を送る。
話すんじゃなかった・・・。
そんな凪の後悔もすでに後の祭りに過ぎない。
しばらくはこの話題で馬鹿にされそうだと思いながら、
凪は午後の夕暮れを窓から眺めていた。
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