Back

黒の陽炎
−4thSeason−

著作 早坂由紀夫

Arcadia Inside

Chapter140
「雷突vs雷突」
 


04月10日(金)  AM05:27
アルカデイア・エウロパ宮殿・大天使長室

 ミカエルに呼び出され、カマエルが大天使長室へとやってくる。
 彼は今一つミカエルに呼び出された理由が解らなかった。
 現在はラファエルがラグエルと戦闘中。いわば非常事態だ。
 加勢するという話ならば、わざわざ呼び出す理由もない。
 ノックして大天使長室に入ると、ミカエルはソファに寝そべっていた。
「随分とだらしないッスね」
「カマエルか。早かったな」
 寝たままの姿勢で、ミカエルは手だけを上げて反応する。
 なんという態度だと思いながらも、カマエルは我慢して続けた。
「そりゃ、こんなときだし、急いで来ますよ。で、どんな話なんスか」
「・・・お前に手柄をやろうと思ってな」
「は?」
 素っ頓狂な声を上げて、カマエルは怪訝そうな顔をする。
 いきなりの言葉に、想像が追いつかなかった。
 ラファエルのことかとも考えるが、それも何かおかしい。
「これからやることは、ラグエルには頼めねえ仕事だ。
 お前なら出来ると思ってこの話をする」
「期待されてますね、俺」
「期待してなきゃ、ルヴェルディをやったりするかよ」
 ミカエルは上半身を起こすと、アイマスクをつけたままでそう言った。
 神剣の中でも、ルヴェルディは特に天使を選ぶ剣とされている。
 前所持者のスフィリータが死んでから、長く扱える者は現れなかった。
 ルヴェルディを扱える天使、というだけでもその価値は大きい。
 扱う本人も、神剣の力を日増しに大きく感じていた。
「全く、大変なものを貰っちまいましたよ。
 力を引き出すことは出来てきたんスけど、
 身体を引っ張られる感覚はどーも慣れないッス」
「スフィリータ曰く、狂戦士の如き高揚感と非情さを
 剣に植えつけられるんだそうだ。ま、剣にのまれるなよ」
 後だしでそういうことを言わないでほしいと思いながら、
 カマエルは剣の柄を撫でるように触れてみる。
 まるで魔剣だな、とカマエルは剣を見て思った。
「で、あの人にも頼めない仕事って・・・一体何なんスか」
「お前には、清濁併せ呑んでもらう。俺とともに、最後までな」

04月10日(金)  AM05:31
アルカデイア・フロスティア

 フロスティアの市街地に、耳をつんざく轟音が響きわたる。
 何度も吹き飛ばされ、ラファエルの身体は傷だらけになっていた。
 雷突という高度なイメージを繰り返し具現しておきながら、
 ラグエルの想像力は未だ枯渇する気配がない。
 連続した想像の具象化という状況に助けられている部分もあった。
 つまり最初の雷突よりも、次に放つ雷突はイメージがしやすい。
 互いに息は切れはじめていたが、攻防の手が緩むことはなかった。
「こうも私の雷突を防ぎ続けたのは、貴方が初めてです」
「僕も、こんなにタイプ・ゼロ・ポジティブを使い続けたのは初めてだよ」
 そこまで逃げの一手だったラファエルは、後退を止めて腰を落とす。
 下半身に重心を置き、剣を振るいやすいよう斜に構えた。
「逃げるのはもう止めですか?」
「増援が来る前に、ケリをつけさせてもらうよ」
「・・・フン。大きく出ましたね」
 思いがけぬ強気の発言に、ラグエルはピクリと顔を引きつらせる。
 彼女は元よりプライドが高く、売られた喧嘩は買うという主義だ。
 相手が例え四大熾天使の一人だろうと、それは変わらない。
 間髪を入れずに、ラグエルは全身に雷をまとい剣を突き出した。
 すると、ラファエルも身体に雷をまとい始める。
「なっ・・・」
「――君の技、使わせてもらうよ」
 先ほどから何度もタイプ・ゼロ・ポジティブで吸収した雷突のイメージを、
 タイプ・オー・ネガティブを使いもう一度具現する。
 完璧なコピーとはいかないが、何度も吸収した分ストックはたまっていた。
 脳のイメージ許容量が許す限りは、相手の具現を吸収し放つことができる。
 ラファエルにとって、切り札とも言える具現だ。
「紛いものが、本物に敵うはずがないッ・・・!」
「行くよ!」
 雷が二つ。一瞬重なり合い、弾け飛ぶようにかき消えていく。
 凄まじいエネルギー量のぶつかりあいだった。
 瞬間的に二人の姿が見えなくなり、直後激しい衝撃が巻き起こる。
 両者の放った雷突の威力はほぼ互角だった。
 そのまま二人は、高速で逆方向へと吹き飛ばされる。
 受け身を取るような余裕すらなく、地面へと転がっていった。
 火花が辺りに飛び散り、すぐ爆発音に似た轟音が辺りに木霊する。
 名が表す通り、それは正に雷同士の激突。
 衝突した地点の地面はえぐれ、雷が落ちたかのようになっていた。
「が・・・は・・・」
 あまりの衝撃でラグエルは言葉すら出てこない。
 同じくラファエルも、身体をまともに動かすことができなかった。
 拳を握り、ラグエルは歯を食いしばって上半身を起こす。
「まさか、こんな・・・頭に来ることが起こりうるなんてね・・・!」
 地面に落ちているアプサズを拾うと、剣を支えに立ちあがった。
 お互いにかなりの手傷を負っているため、立つことすら困難だ。
 しかし、既に雷突を何度も受けているラファエルは、
 ラグエルよりも負傷し、血を流している。
 傷で意識が遠のきそうになるほどだ。
 それでも立ち上がり、ラファエルは神剣ラフォルグを構える。
「寝ていればいいものを・・・そちらのほうがダメージは大きいはず」
「確かに、僕の方が傷を負っている。でもね、次で・・・僕が勝つよ」
「なんですって?」
 この状況で勝利宣言をするラファエルに、彼女は更に怒りを募らせた。
「妄言は無様に倒れてから夢の中ででも言うといいわ」
 再び両者が雷のイメージを全身に帯び始める。
 今までよりも、一層激しい雷をラグエルはまとっていた。
 彼女は全力をふりしぼり、ラファエルを灰にするつもりで剣を構える。
 可能ならば、ラファエルを殺さずに捕えておきたかった。
 相手は四大熾天使。然るべき場所で処置されるのが望ましい。
 加えて、ラファエルはミカエルと特別親しい友人関係がある。
 ラグエルは自らの公正さを意識しながらも、
 どこかで彼がミカエルの友人であることを考慮していた。
(もう死のうと塵になろうと、構いやしないわ。吹き飛ばしてあげる)
 負けてしまっては意味がない。
 そう考え、ラグエルは次の雷突に全力のイメージを込める。
 雷突同士の衝撃を再び耐えきる自信はなかったが、
 完全に押し切ってしまえば、大した衝撃は来ないと考えた。
 条件は怪我が蓄積しているラファエルの方が圧倒的不利。
 だが、ラグエルは彼の瞳に宿る意志の力を感じていた。
 時として意志はイメージを強固にし、身体の痛みすらも凌駕する。
 油断すれば、打ち負けるのはラグエルの方かもしれなかった。
 そんなことをラグエルが逡巡していると、
 ラファエルが剣を構えた状態で何事かを呟き始める。
「タイプ・オー・ネガティブ――デュアルモード」
 直後、彼の持つ神剣ラフォルグが光を放ちだした。
 何が起きているのかは解らないが、それに付き合う道理はない。
 ラグエルは雷に似た音を置き去りにして飛び出した。
 すると、それを見ていたラファエルがほぼ同時に動き出す。
 何度も事前動作を観察していたおかげで、
 彼女の雷突に合わせて動くことができたのだろう。
 再び雷突と雷突が交差する。
 互いの剣が相手に届く前に、衝撃で吹き飛ばされたのが先の激突だ。
 全力で雷突を放ったラグエルは、ラファエルと衝突する直前に気づく。
 ラファエルの雷突が、先ほどより遥かに強力なイメージだということに。
 デュアルモードの名の通り、まるで倍のイメージを投影したかのようだ。
 だとすれば、先ほどと同じラグエルの雷突では勝ち目はない。
 そんなことを考える間もなく、ラグエルの意識は衝撃とともに暗転した。
 彼女の身体は、凄まじい勢いで真後ろの建物に弾き飛ばされる。
 あまりの衝撃で建物は半壊し、ラグエルの姿は見えなくなった。
 肩で息をしながら、ラファエルはその様子を見守る。
(手加減するどころか、紙一重だった・・・)
 自らの正義を守るために、誰かを傷つけてしまう。
 どうしようもないのだと解っていても、ラファエルは納得できなかった。
 傷つけることを納得すれば、それは妥協になるからだ。
 妥協した正義など正義ではない。彼はそう考える。
(今の僕には、正しいと信じることをする力が伴ってない。
 理想に手を伸ばし続けられる強さが必要なんだ・・・)
 思ったよりも怪我が酷いのか、ラファエルの身体がふらついた。
 彼は膝をつくと、剣を支えに少し休もうとする。
 頭から出血しているらしく、目に血が入りそうになった。
 何気なくラファエルは血を拭おうとして、ようやく異常な事態に気づく。
「腕が、重い・・・幾らなんでも、重すぎる・・・!」
「気づくのが遅すぎたな」
 半壊した建物の近くに、ラグエルを抱えたウリエルの姿があった。
 彼はラファエルの様子を見ながら、地面に彼女を横たわらせる。
「っ・・・まさか、増援に貴方が来るとは、ね」
「ラグエル、君はよくやった。後は私に任せるといい」
「悔しいけど・・・そうさせてもらいます」
 そう言うとラグエルは意識を失った。
 息があるのを確認すると、ウリエルはゆっくりと立ち上がる。
 依然として、ラファエルの身体は重さに縛られたままだ。
「アース・バウンドは、簡単にお前を放しはしない。
 今更、問答をするつもりもないが・・・残念だよ、ラファエル」
 ウリエルはある程度距離を詰めると剣を構える。
 神剣フィルフォークから放たれる一撃。
 考えるまでもなく、それはあのアークティカ・ソナタだ。
 イメージをかなり抑えて周囲への影響を最小限に留めているが、
 それでもラファエルの身体が粉々になるほどの威力は充分にある。
 タイプ・ゼロ・ポジティブで防御しなければ間違いなく即死だ。
 まずは、アース・バウンドの束縛を解かなければならない。
 立ち上がって神剣ラフォルグを構えなければ、
 前方へタイプ・ゼロ・ポジティブを展開できないからだ。
「くうっ・・・このぉっ・・・!」
 剣を握り、必死にラファエルは体勢を立て直そうとする。
 その間にウリエルの神剣フィルフォークがまばゆく輝き始めた。
 周囲の大気が震え始め、ラファエルの身体にも震動が伝わってくる。
(まずい・・・タイプ・ゼロ・ポジティブで身を守らなきゃ・・・!)
「その状態で、私の一撃を受け止められると思うか。
 全てを受け入れて、心安らかに逝くことを選べばいいものを」
 彼が言うとおり、ラファエルは既に満身創痍だ。
 ラグエルとの戦いで、想像力も体力も限界に近づいている。
 頼みの綱であるタイプ・ゼロ・ポジティブも、
 具現出来るかどうかすら怪しい状態だ。
「僕は・・・諦めない。諦めたらがーちゃんと・・・ガブリエルと会えないから」
「ならば、ぶつかるのみ――――!」
 フィルフォークから放射される光が尾を作っていく。
 以前ベルゼーブブ戦で見せたものよりは小さいが、
 確かな威力を思わせるエネルギーが放出されていた。
 閃光と共にウリエルがラファエルへと迫る。
 アース・バウンドで拘束されている彼が回避することは不可能。
 祈るような気持ちをこめて、タイプ・ゼロ・ポジティブを具現した。
 目の前にウリエルが迫るその瞬間、視界が真っ白に揺れる。

04月10日(金)  AM05:35
アルカデイア・エウロパ宮殿・地下一階・羽切刑室

 午前五時半を回る頃、まだ宮殿の地下は静寂に包まれていた。
 凪たちが未だ天使の目を盗んで移動しているという証左と言える。
 宮殿地下は普段より天使が進んで立ち入る場所ではなかった。
 中でも羽切の処置室は、まず誰も立ち入ることがない。
 入る者といえば、受刑者と処刑者のどちらかだけだからだ。
 処罰の中でも、羽切と呼ばれる刑は特殊なものだといえる。
 そもそも羽根とは、天使を天使たらしめる要因の一つとされていた。
 羽根を斬られた天使が、イメージを形にすることはできないし、
 多くの者が身体のバランス感覚もおかしくなるとされている。
 そんな天使にとって忌々しい場所である羽切の処置室。
 時間など関係なく天使の姿などあるはずないのだが、
 不思議なことに室内にはイヴの姿があった。
 まだ刑の執行は数時間後だというのに。
 彼女の他にも、三人の男性天使の姿がある。
 彼らはイヴの身体を拘束し、更に男の一人が腕を掴んでいた。
 男たちの一人が、軽い口調で話し始める。
「いいのかよ、こんな勝手なことしちまって」
「正攻法で行く道理はねえ。こいつを俺たちが掴んでおけば、
 もしかするとあいつらは自分から首を差し出すかもしれねえぜ」
 答えたのは三人の中で、中心人物とおぼしき男だった。
 彼ら二人はもともとの仲間らしく、親しげに会話を続ける。
「よくわかんねえけど、確かにラファエルはお人好しで有名だしな。
 ルシードと他の奴らはどうかしらねえけどよ」
「どっちにしろ、駒は大いに越したことないだろ」
「ま、そうだな」
 そんな男たちの会話を聞き、イヴは怒りをあらわにした。
「貴様ら・・・それが天使のすることか! 下衆どもめ!」
「うるせえぞ雌豚。お前はただ餌として怯えてりゃいいんだよ!」
 男の一人がイヴの腹に拳を叩きこんだ。
 彼女の身体が折れ曲がり、地面に倒れそうになる。
 腕を掴んでいた男は、彼女が倒れないよう身体を支えた。
「あ、あの・・・処刑人として、責を問われるのは僕なんですけど」
「ふうん、ああそう。今は非常時だ。問題なんかねえよ。
 それにラファエル達が来たら、奴らに責任被せりゃいいんだ」
「わ・・・わかりました」
 冷たい口調でそう告げる男の語気に押され、
 処刑人を名乗る男はそう答える。
 彼らがそんなやりとりをしていると、不意に部屋の扉が開かれた。
 ゆっくりと扉が開くと、イヴの瞳に凪とカシスの姿が映し出される。
 

Chapter141へ続く