第二運動場。
そこで俺は女神に会ってしまう。
昔から女って言う生き物はそんなに好きじゃなかった。
すぐに泣くし、か弱いし、何かと文句を言う。
最近になって可愛いと思える様になったけど、
それでもバスケ部に入って二年。
高校に入ってからは女の子と付き合っていなかった。
かといってそれほどモテないワケじゃない。
俺はバスケ部の片付けのついでに、
転がっているボールを手に取った。
そこから3Pシュート。
多少の距離はあったが難なく決まる。
「よしっ」
すると見物に来てる女の子から黄色い声援が上がった。
「きゃぁああっ! かっこい〜っ」
結構照れるんだよな、コレ。
たまに照れてミスする事もあったりする。
確かにこの学園は結構可愛い子が多いし、
そんなファンの子と付き合うのも悪くなかった。
好意を抱いてくれてるわけだしな。
でも、なんとなくそれは違う気がする。
「邦彦〜。切り上げようぜ」
「おう」
俺の事を呼ぶのは高畠圭吾(たかはた けいご)。
背の高いクールで軽い奴だ。
よく俺とは衝突する事もあるけど、
バスケが上手いし、意外と良い奴なんだよな。
だから最後はいつも仲直りするわけだ。
まあ、最近じゃそんなに喧嘩もしないし。
「ったくよ〜。黒澤はバスケ上手すぎだよな」
「え? どうしたんだよ」
「さっきあいつと1ON1やったら、一回も抜けなかった」
「ああ……黒澤は半端じゃねえからな」
夏だからか顧問の黒澤も熱が入っていた。
気付けば外は凄く暗くなってる。
こういうのが、部活の醍醐味だと思った。
そんな時に背後で凄い歓声が聞こえてくる。
「えぇ〜、凪さん! どうしたんですかっ?」
「ちょっと見物に来たの」
そう言って女子の群れからこっちにやってきたのは、
背の高く整った顔立ちをした女性だった。
俺は正視している事が出来ず、そっぽを向いてしまう。
……こんなに綺麗な女の子は初めて見る。
「黒澤せんせ、見に来ましたよ」
「これは高天原君、いらっしゃい。
でも、残念ですがもう部活は終わってしまったんですよ」
「そっか……ちょっと残念です」
なんて可愛い声してるんだろう。
髪だって凄くさらさらしてて、まるで天使みたいだ。
俺はいつしかぼ〜っとその子を見つめていた。
「邦彦、どうした?」
「え? いやなんでもない」
「はぁ?」
不思議そうに首を傾げる圭吾。
なるべく意識せずに聞いてみる事にした。
「なあ、あの子が誰か知ってるか?」
「は……お前、知らないのかよっ」
「え?」
「あの子は一年の高天原。この学園のアイドルだぜ?」
「そ、そうなのか……」
道理で可愛いと思った。
それに何処か、堂々としている。
可愛いだけじゃない強さみたいなものも伺えた。
そんな高天原さんに黒澤が言う。
「ふむ……高天原君。
どうせなら、私と1ON1でもしましょうか」
「はぁ。そうだなぁ……面白そうですね」
面白いって……あの子は黒澤の強さを知らないんだよな。
まあ、初心者じゃないみたいだし良いか。
黒澤はボールを流れる様な動きでドリブルしていた。
そうやって二人はゴール近くまで歩いていく。
「勝負をスリリングにする為、賭けでもしましょうか。
君が負けたら、夏休みの間マネージャーをやるとかね」
「良いですよ。その代わり先生が負けたら……」
「お待ちなさいっ!」
二人の会話をストップさせたのは黒澤の妹だった。
よくバスケ部を見に来てるから顔は知ってる。
彼女は二人に近づいていくと、高天原さんを睨みつけた。
「凪、あなた……万が一自分が勝ったら、
お兄様にキスでもせがむつもりじゃないでしょうね」
「そっ、そんな事言わないよっ」
「あらどうだか。お兄さま、こんな女叩きのめして下さいね」
「……美玖、これはスポーツなんですが」
黒澤の妹が下がると二人の勝負が始まった。
先攻は黒澤だ。
身体の左部分を盾にしてドリブルする。
高天原さんはそれで黒澤の実力に気付いたみたいだった。
その状態だと無理に取りに行く事も出来ない。
ターンして黒澤は右側からシュートを打とうとした。
だが、そこへ高天原さんもカットしに飛んでいる。
黒澤はそこでシュートを打たずに、
再び左側からドリブルでレイアップを決めた。
ぱすっという心地良い音が運動場に響く。
「さて。私が勝ったら……
君にキスして貰うのも悪くありませんね」
「は、はいっ!?」
冗談なのか本気なのか黒澤はそんな事を言った。
困惑した表情の高天原さん。
心理作戦だろうけど、あの野郎……むかつく。
女子達も緊張した表情で二人を見ていた。
次は高天原さんの番だ。
でも相手は黒澤。
180の長身が大きなアドバンテージになっている。
高天原さんは手慣れた動作で黒澤にパスをした。
それを黒澤が彼女に返してスタート。
速攻で高天原さんを黒澤がディフェンスする。
あいつの辞書に手加減と言う文字は無さそうだった。
「黒澤先生、ちょっと私をナメすぎ」
「どういう事です……?」
ドリブルしたまま後ろに下がっていく高天原さん。
体勢を立て直すつもりか?
そこへ黒澤がボールを奪おうと向かう。
「えっ……!?」
俺は思わずそんな声を上げていた。
彼女はハーフコートぎりぎりの位置から、
斜め後ろへと飛び上がる。
殆ど3Pの位置だ。
そこからフェイダウェイシュートを放つ。
黒澤も完璧に予想外だったらしくそれを唖然と見ていた。
ボールは美しい弧を描いて、ゴールへと飛んでいく。
ガゴン、という音と共に彼女のシュートが決まった。
「すげぇ……」
そこにいる誰もがその華麗な姿に目を奪われる。
まるでスローモーションの様だった。
高天原さんはスカートを抑えて着地している。
「あ、危なかったぁ……もう少しで、
スカートの中が見えちゃうかと思った」
「ふう。高天原君、ここまでにしておきましょうか」
「え?」
「君は制服姿ですからね。フェアじゃないでしょう?」
「……そうですね。次は体操服に着替えてきますよ」
高天原さんはそこで笑顔を見せる。
それは黒澤に見せたものだったが、
俺は完璧に心を奪われてしまっていた。
俺はキャプテンと言う事もあって、
運動場を閉めた後に黒澤と職員室へ向かう事になってる。
その日は、どうしてか高天原さんも居た。
彼女は親しげに黒澤と話してる様に見える。
「やはり君は女子バスケの方で頑張って欲しいですね」
「有り難いですけど、私……特定の部活に入るつもりは……」
「ふむ。西園寺君。君からも頼んでくれませんか?
君が頼めば彼女も少しは気分が乗るでしょう」
妙な事を言い出す黒澤。
「なんで俺が……」
「まあ良いでしょう」
そう言うと黒澤は職員室へと歩き出す。
高天原さんは途中まで同じ道、という感じだろう。
俺は勇気を振り絞り彼女に声をかけてみた。
「えっと、高天原さん……だったよね」
「あ、はい」
「バスケ上手かったけど、中学でやってたの?」
「ええ……まあ。スポーツ全般は得意なんです、私」
そう言うと彼女は両手を合わせて伸びをする。
高天原さんの方を向いていた俺は、
半袖シャツの間から脇とブラジャーの紐を見てしまった。
隣を男が歩いてるんだけど……無防備すぎるぞ。
「あ……」
そんな俺の視線に気付いたのか、
彼女は慌てて身体を抱きすくめる。
思ってたより女の子っぽい所もあるみたいだった。
そこがまた可愛らしいというか……。
俺の方をチラッと見ると彼女はあからさまに視線をそらす。
「あの、今……何か見ました?」
「えっ!? いや、なんも見てないよ」
「ホントですか?」
「う、うん」
「……はぁ、良かったぁ」
実際は紐の所だけは見ちゃったけど。
そんな事を考えていると、
微妙に透けるブラとかが気になってしまう。
俺はなるべく彼女の事を見ない様にする事にした。
「あの……西園寺、先輩でしたよね」
さっきの俺と同じ口調でそう聞いてくる。
「ああ」
なんか先輩と呼ばれるのはこそばゆい感じだ。
「友達から聞いた事ありますよ、先輩のコト。
バスケ部の部長やってるって」
「ま、まあ一応ね」
「二年生で部長なんて凄いなぁ」
高天原さんはそう言って俺を見て微笑む。
「き、君こそ黒澤先生と互角にやりあうなんて、凄いよ」
俺らしくもなく、謙遜して相手を誉めていた。
そうやって俺は彼女と別れるまでたわいもない話をする。
少しでも彼女の声を聞いていたかったんだ。
気付くと、俺はあっという間に彼女の虜になっていた。
「西園寺せんぱい……」
「た、高天原さん?」
「私……実は、先輩のコトが……」
「えぇ、マジで!?」
という、夢を見た。
俺は思わず枕を抱きしめていた。
やべえ……重症かもしれない。
着替えながら俺は夢の出来事を反芻する。
畜生、参っちまうなオイ!
勢いで辺り構わず叩きまくってしまう。
「なにやってんだ?」
同室の圭吾にそんなツッコミを入れられて固まった。
「いや、なんでもねーよ」
「ふ〜ん。なあ、お前さ……
高天原さんのブロマイドとかいる?」
「は、はぁ?」
「なんかこの間から気にしてるみたいだからよ。
欲しかったら安値で売ってやるよ」
「いっぺん死ねっ!」
好きな子のブロマイド。
ちょっと欲しい気持ちはある。
だが天の邪鬼な俺は、友達にも気持ちをバラせなかった。
すると圭吾は俺に蹴りを入れてくる。
「良いから買えっての! 俺も金欠なんだよ」
「それで俺からたかるってか? ナメんな!」
そんな喧嘩の末。
俺は1000円で高天原さんのブロマイドを買わされていた。
買わされて、というのが重要ではある。
本当は欲しくないのにみたいな雰囲気を、
圭吾の奴に思わせておかないといけないわけだ。
高天原さんの写真をゲットだぜ!
そう叫んでブロマイドにキスでもしてみたい。
勿論、そんな変態的行為はしないが。
しかしコレは……。
「なあ、この写真なんか変じゃないか?」
「ああ……彼女の許可とって
写真取ったワケじゃないらしいからな」
なんだよそりゃあ……。
でも、その所為なのか彼女は何処か無防備だった。
エントランスで隣の女の子と一緒に笑ってる写真だが、
女の子同士と言う事なのか凄く表情が柔らかい。
これは迂闊に持ち歩かない事にしよう。
財布の中とかに入れて、誰かに見られたら事だ。
部活は二年生になってからは結構楽しい事ばかりだった。
走り込みとかも慣れればそんなに苦じゃない。
むかつく奴とかいると喧嘩になるけど、
そういうのも含めて楽しい気がした。
その日も、いつも通り。
黒澤の作ったメニューをこなして、
だべりながらも気合いを入れて部活をやる。
「そろそろ昼ですし、休憩にしましょう」
そんな黒澤の言葉で俺達は昼食へと向かう。
俺は圭吾と友達を数人連れて、食堂へ来ていた。
結構な人数が食事しているが大体は部活やってる奴らだ。
去年はもっと少なかった気もするけど。
「やっぱ可愛いよな〜」
その声の方を向いてみると、そこには高天原さんが居た。
一人で食事を取っている。
でも周りから見られてなんか食べにくそうだった。
丁度その近くが空いていたので、
俺達は自然と彼女の近くに座る。
「よお」
「……えっと、西園寺先輩……でしたよね」
「う、うん」
覚えててくれたのか、俺の名字。
にやけてしまわない様に気を付けねば。
あくまでただの知り合いとして接するんだ。
そうすると世の中は無常なもので、大して会話はない。
友達と話している内に高天原さんは食事を終えてしまった。
くそっ、せめてもうちょっと話したい……。
「おい邦彦。さっきからぼ〜っとしてるぞ」
「えあっ……そうか?」
「ま、気持ちは解るぜ。あの子見てたんだろ?」
「ち……ちげぇよ、馬鹿!」
今は名前を覚えて貰うだけで良いか。
そう思えるくらいに幸せ気分だった。
何故か、彼女の顔を見てるだけでそう感じる。
恋は魔法だと言うが……マジだな、こりゃあ。
「あれ、凪ちゃん御飯食べちゃったの〜?」
「え? だって紅音もう食べたんじゃないの?」
「食べてないよぉ〜っ!
わ〜ん、凪ちゃんが先に食べちゃったぁ〜」
「や、そんな泣かなくても……」
「一人じゃ寂しいよぉ〜」
何故かオチは紅音。
|