| この間のキスが頭から離れない。
 とは言え、俺がキスしたワケじゃなかった。
 よりによって黒澤と高天原さん。
 幸いにも額だったからよかった物の……。
 「キスかぁ」
 「男が窓辺でため息付いてると気持ち悪いな」
 机に座ってる圭吾が俺にケチを付けてくる。
 「うるせー」
 俺は自分の部屋で物思いに耽っていた。
 なんていうか……切ない?
 あの子ってキスとか慣れてるんだろうか。
 気になるが、確かめる術はない。
 そんな事を聞けるはずがないしな。
 どうにかもう少し彼女と仲良くなりたかった。
 普通に話すのが当たり前くらいの仲に……。
 
 
 今日は部活が休みだったが運動場に来てみる。
 やはり室内は蒸し風呂状態だった。
 酷い暑さだな……バスケ所じゃねえ。
 帰ろうと運動場を出ると、声が聞こえてきた。
 それも聞き覚えのある声。
 「こんな所に呼び出してごめん」
 3年の菅浦だ。
 見た目は良い奴そうだが女たらしだと聞いている。
 テニス部所属というのも浮ついた噂に拍車だ。
 相手の顔を見てみる……あれ?
 「はぁ……いえ、お構いなく」
 そこには困った顔で笑う高天原さんの姿がある。
 俺は乗り出した身体を運動場の影に隠した。
 まさかあの野郎、彼女に手を出す気か?
 やばい、やばいぞコレは!
 彼女はきっと菅浦の黒い噂なんて知らない。
 菅浦の奴は馴れ馴れしく高天原さんの肩に手をかけた。
 「君にプレゼントがあるんだ。目を瞑ってくれない?」
 明らかにキスをしちまうという予告だな。
 今時引っかかる奴はまず居ない。
 「目を瞑るんですか?」
 うわ、正直に目を閉じちゃったよ。
 徐々に顔を傾けていく菅浦。
 幾らなんでも無防備すぎるだろ!
 俺は耐えられずにその場に出ていく事にした。
 「おいっ、ちょっと待てよ!」
 そんな俺の言葉で菅浦と高天原さんが俺の方を振り向く。
 「なんだよ……西園寺だっけ?」
 「そういうやり方は気に喰わねえな。
 やるなら正々堂々と告白したらどうだ?」
 「端から見てるお前の方がえげつないと思うけど。
 第一、お前に関係ないだろ? 出しゃばんなよ」
 「うっ……」
 菅浦は明らかに俺を見下した目で見ていた。
 気にくわねえ……。
 かといって殴ったりというのも、
 高天原さんの手前だから堪えたい。
 俺が黙っていると菅浦は困惑する高天原さんの肩を抱いた。
 「邪魔が入ったから、違う場所で話をしよう」
 よく考えてみると高天原さんって、
 今の所は菅浦を拒否してないよな。
 もしかして奴の言うとおり俺は邪魔者?
 だとすると……すんげぇピエロじゃねえか。
 そう俺が自分のやった事を省みている時だった。
 「……ますか」
 「ん?」
 高天原さんは自分の肩に置かれた手をぱしっと払う。
 埃でも払うみたいに。
 その表情もいつになく厳しかった。
 冷笑を浮かべて菅浦の事を睨んでいる。
 「私を甘く見ないで貰えますか。
 良かったですね、西園寺先輩に止めて貰って。
 そうじゃなきゃ貴方の事ひっぱたいてましたよ」
 「高天原……さん?」
 彼女は菅浦の事は相手にせず、こっちに歩いてくる。
 「行きましょう先輩」
 最高の笑顔を浮かべる高天原さん。
 「あ、うん」
 ピシャリと言われたせいか菅浦は放心状態だった。
 そんな奴を放ったままで彼女は歩き出す。
 俺も彼女について歩いていった。
 
 
 
 「正直少し助かりました」
 寮へと帰る道のりで彼女はそう言う。
 その顔は少しいつもより柔らかかった。
 「菅浦先輩ってちょっとしつこくて。
 今日はもう、殴っちゃおうかと思ってたんです」
 「……そ、そうなんだ」
 可愛らしく手を伸ばす高天原さん。
 一緒にいるだけで俺は心臓が高鳴っていた。
 馬鹿みたいだけど、幸せを感じる。
 不意打ちでキスしようとした菅浦の気持ち、
 ほんの少しだけなら解るな。
 なにしろ彼女は何処か高嶺の花だった。
 それなのに親近感が湧いてしまう。
 だから自分との距離感がふと曖昧になるんだ。
 隣でこの子の事、ずっと見ていたくなる。
 「先輩?」
 「……あ、ちょっとぼーっとしてた」
 「ふふ。寝足りないんですか?」
 「ち、違うよ」
 俺の方が先輩だから彼女は敬語を使っていた。
 そう、高天原さんって年下なんだよな。
 年下か……なんか良いなぁ。
 「凪さん?」
 「あ、真白ちゃんだ」
 向こうから誰かがこっちに歩いてきた。
 確か一年の神無蔵さんだったっけ。
 格好良い名字だから覚えていた。
 彼女は爽やかに笑いながら高天原さんに手を振る。
 「あれ、西園寺先輩と仲良かったんですか?」
 「変な事を考えないでね」
 「解ってますよぉ。
 凪さんの事を一番知ってるのは私ですから」
 「あは……はは」
 何か含みを持たせた喋り方だな。
 まるで高天原さんの秘密を握ってる様な……。
 「西園寺先輩、凪さんが綺麗だからって
 変な事しないで下さいね」
 神無蔵さんは笑顔でそんな事を言う。
 「俺はそんな事しないって」
 「だそうです凪さん」
 「真白ちゃんってば失礼だよ……」
 変な事か……キスはしてみたいけど。
 ちらっと高天原さんの口元を見てみた。
 触れたら身体中の骨が無くなりそうな感じだった。
 要は骨抜きにされる、と。
 少し桜色の唇は彼女が喋るたびに可愛らしく動く。
 と、すぐに俺は視線をそらした。
 勘ぐられでもしたら困る。
 
 
 
 凪は寮に戻ってくるとため息をついた。
 隣の真白は不思議そうな顔をする。
 「どうしたんですか?」
 「ん〜……いや、西園寺先輩とはちゃんとした形で
 友達になりたかったなと思って」
 「ま、まさか恋したりしてませんよね」
 「あのねぇ、私だってしまいには怒るよ」
 「えへへ……ごめんなさい。
 ただ、西園寺先輩って多分……」
 「ん?」
 「いえ何でもないです」
 意味ありげな笑顔を見せる真白。
 おかげで凪はそれ以上、何も聞けなかった。
 
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